新聞配達人の時々日記: 四季  
   

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2015年7月23日木曜日

大輪ヒマワリふた株 満開となる

先週台風11号の九州接近に対し、番線を使っての補強をしていたが、今週初め2本とも満開となった。

去年、タネを貰ってきた本家のヒマワリは、今年は一本だけ開花しており、高さ1.8メートル程度で、花の直径は直径30㎝はあるだろう。

我庭の2本は、家庭の生ごみたい肥を、数年に亘って菜園に施肥しているので、高さは2メートルをはるかに超え、花の直径は30㎝はあるだろう。

ファイル 2015-07-23 15 40 33


右のヒマワリの右横に、2.7mというボードが見えるが、それが貼ってある洗濯ポールの、地上からの高さを示している。

2015年1月27日火曜日

梅一輪一輪ほどの暖かさ

今朝の寒さの緩みは、殊の外のものであった。

アパート地区に入り、3,4階までの階段を、2段跳びで4,5本上ると、暑くなり、ダウンの入った防寒ジャンパーを脱ぎ、長袖シャツの上のジーンズチョッキだけとなった。

昨日までの寒さとうって変わって、急な暖かさに驚く。

そして、昨日の夕方のテレビで、何処かは記憶にないが、梅の花の開花を報道していたのを思い出した。

そこで、タイトルの、芭蕉の弟子、服部嵐雪の俳句が浮かんできた。

30戸余りのアパート地区を終え、山手の住宅地へ移動すると、ジャンパーを羽織り直すことになったのは当然である。

2015年の立春は、2月4日とのことで、本日から丁度8日目となる。

2015年1月1日木曜日

新聞配達時、近来稀な元旦の大雪に見舞わる!

元日の新聞は、折込広告よりも、本紙の増ページが多く、普通時の2,3倍の重量となり、1戸分で、1キロを軽く超える。

出発時は小雪であったが、途中からボタン雪に変わり、風も加わり、前方が良く見えない吹雪様の状況となる。

山手の方はさらに雪風がひどく、急な下り坂を降りたところにターゲットがある場合、戻りの登り坂は、降りる時のタイアの痕をたどらなければ、スリップするのは明らかである。

車道を下水溝が横断している所では、その蓋のスチールが雪で見えぬので、そこの通過時、危うく横転する所であった。濡れている時は、スチールはアスファルトより滑りやすく、雪に覆われている時は、更に状況は悪くなる。

年一回の元旦配達と、記憶にないほどの大雪が重なった配達日であったが、何とか事故なく、普段より1時間半遅れて、完了!

2014年12月30日火曜日

「藪入りや犬も見送るかすむまで (小林一茶)」

昨日も、長い間見聞きしなかった、珍しいコトバを、地方紙のコラムで眼にした。上の俳句の「藪入り」である。

突然、興味を覚えて、そばにいた40歳代の男性に聞いた所、そのコトバは「知らない」という。

彼は知識豊富な方なので、俄かに不安を覚えて、そのコラムを再度読み直すと、なんと、「藪入り」とは江戸時代の風習であるとあったので、仰天した。

私が、会社に勤め始めた昭和40年代では、このコトバは、年末年始の休み及び盆の休みを指す言葉として、「定番」であった記憶がある。

ググって見ると、完全に私の感違いであった。

「藪入り」とは、江戸時代、商家に働いていた奉公人に、年2回、1月16日と7月16日に、休みを与えていた習慣の事であり、サラリーマンが通常とれる年末年始とお盆の休みとは、根本的に異なる。

当時のマスコミは、「藪入り」とは本質的に異なる後者の休みを、勝手になぞらえて、その様に呼び習わし、私が、それを、そのまま鵜呑みにして記憶したものである。赤面の至りである。

2014年12月22日月曜日

本日は「冬至」で、この日は心浮き立つ思いがする!

子どもの頃の、「冬至」に対してのイメージは、暗く、寒いというもので、嫌な日であると思っていた記憶がある。

大人になってからは、「冬至」に対しては、特別な思いはなくなっていた。

4年前4月、新聞配達を始めて、日の出がだんだん早くなっていき、夏至を境にして、逆に、段々遅くなるのを目の当たりにした。知識でこれを知っているのと、体験するのでは、大きな違いがある。

従って、今年の冬至は、これで4回目である。

タイトルの、「心浮き立つ」とは、これから夜明けが、日1日と速くなることについての、個人的な歓迎の意である。

以下は、ウェブ情報(ウィキペディア)の受け売りである。

太陽の復活の日を「冬至」、月の復活の日を「新月」というが、今年の冬至は、「朔旦冬至(さくたんとうじ)」といい、両者が一致する特別な「冬至」で、19年に一度しか起きないとのことである。

しかも、今年2014年の次の、「朔旦冬至」は、19年後でなく、38年後であるという!

2014年11月6日木曜日

5日及び6日は、171年ぶりの「後十三夜」を楽しめましたか?

昨日のTVニュースからであろうか、6日、即ち、本日が十三夜であるとの間違った情報を得ていて、配達から帰宅後、早速、ウェブ情報をチェックした。

何と、これは私の感違いで、正しくは下の通りであった。

    月の出  : 11月5日 15時40分
    月の入り : 11月6日  3時53分

3時ごろ、配達を始めて、ほぼ1時間足らずの間、名月を見ることが出来たが、配達を終える頃には、その姿を消していた。

2014年には、閏9月が加算されるので、

1.旧暦9月13日(十三夜)が、ふたつある事になる。

2.加算された月の十三夜を、「後十三夜(のちのじゅうさんや)」と呼ぶ。

3.これが起きたのは171年前の、1843年(天保14年)など、

何度読んでも理解できず。

メカニズムを知らぬまま、「月の入り」前のの名月を、1時間も楽しめたのは、ラッキーであった。

2014年9月21日日曜日

配達の途上、薄暗がりの路傍に林立する曼珠沙華

彼岸花ともいうが、私の子供の頃は怖れを込めて、「死人花」と呼んでいた。

スクータのヘッドライトに浮かび上がる曼珠沙華の群落は、明かりの不足もあって、現世離れをした雰囲気をかもしだす。

線香鉢にさされた無数の火のついた線香のおもむきと見えなくもない。曼珠沙華の花は、線香の火と、見なされなくはない。

関連して、「幽霊の正体見たり枯尾花」という俳句までも浮かび上がって来る。




2014年9月9日火曜日

今年の「中秋の名月」は 「満月」でない!

昨日の配達は、久し振りの晴天で、月はこうこうと輝いて見えた。帰宅してから、ブログを立ち上げて、「今日の月齢」から、次の日、即ち、今日が満月であるのを確認していた。

その日のブランチ時、嫁さんが、テレビかラジオで「中秋の名月」云々と始めたので、それは「明日」だと一蹴していた。2階に掛かっているカレンダーにも、9日に「満月」とのみの記載があった。

今朝の配達時、「満月」をケイタイで撮ったが、何時もの様に不満足な出来であった。朝シャンの為、2階に上がると、又も嫁さんが、「昨日の中秋の名月」の受け売りを始めた。

流石に、これはどうもおかしいと思い始め、嫁さんには言葉を濁して、一階に降り、ググった。何と、昨日が「中秋の名月」で、今日が「満月」であるという!

検索の前まで、「中秋の名月」は、満月であると思い込んでいた。

月をじっくりと見上げることは新聞配達を始めてからで、それまでは全くなかった。ウェブ情報によると、配達を始めた2011年から2013年までの3年は、両者の日付が一致していたが、過去も将来も、一致する事の方が少ないとのこと。

補足情報として、2014年から始まる7年は、2020年まで、「中秋の名月」と 「満月」の日付はすべて別であるとのこと。

204年9月満月




2014年8月24日日曜日

高校野球解説者の口癖 「試合の流れ」 が耳にさわる

今年の夏の甲子園もいよいよ終盤、準決勝となって来た。九州勢はただの一校も残らず、例年に比べまことに寂しい限りだ。

試合を見るのは、昼飯の間、小一時間だけだが、前から気になっていたタイトルにある、解説者が連発する「試合の流れ」が、耳触りとなっている。

サッカー、ラグビーと違い、毎回、攻守ところを変える野球では、「試合の流れ」を連発する解説者について行けぬのと感じるのは、私だけだろうか?

プロ野球には子供の時から興味がなく、見るのは甲子園野球だけという野球音痴とでもいわれるべき私の意見であるが、詳しい人の意見を聞いてみたいと思う。

2014年8月18日月曜日

「どんぶり金魚の楽しみ方」

10日程前、ある本を探して図書館へ行き、目的の本を「閉書庫」から借り出した。その時、新規蔵書及び戻って来た本の棚を見ていて、面白い小冊子を見つけた。

「どんぶり金魚の楽しみ方」といい、文字通り、どんぶりで金魚を飼うという本であった。

その時は、別にもう一冊の衝動借りの本があったので、そのまま棚へ返しておいた。

どうにも気になって、4、5日後、図書館に戻って見ると棚には無く、検索すると、既に貸出しとなっており、予約を入れて帰ってきた。

この書名(どんぶり金魚)を、ウェブでググって見ると、なんと多数のヒットとなった。

6月に出版されたものらしいが、既に重版発行済となっているほどの人気である。

一昨日、借り出して来たので、写真と一緒に投稿する。


2014年8月16日土曜日

以前のお盆らしさ喪失!

新聞配達を始めたのは平成23年4月からなので、今年が4回目のお盆となるが、始めた年のお盆と比べると、たった3年間で、今年のお盆の驚くべき変容ぶりに言葉を失うほどである。

僅か3年前には、配達時間の午前3時から5時ごろの間、4,5軒以上の家で、照明がこうこうとつき、久し振りに顔を合わせた家族が、徹夜で積もる話をしている光景を想像させられた。そして例外なくその様な家では、普段見かけぬ他県ナンバーの車が玄関前を占拠していたものである。

今年はそのような光景に一度も出くわさず、お盆らしさを感じたのは、たった一軒の玄関に盆提灯が一燈ぶら下がっていたことだけである。

新聞、テレビなどによる日本各地でのお盆の諸行事、精霊流しなどの報道は年々大規模になっているように見えるが、個々の家庭でのお盆の旧来の行事は逆に廃れて行っている様である。

私の例をとっても、母親が亡くなってからの実家には、もう7,8年盆帰参をしていない。

斯様にして、昔の習慣、習わしなどが変化して行くのだろう。

2014年8月14日木曜日

アブラゼミ vs クマゼミ

配達の途中、クマゼミの死がいがアパートの踊り場に転がっていた。途端に半世紀以上前へタイムスリップすることになった。

私が中一前半まで住んでいた別の地方都市では、大型のセミは殆どがアブラゼミで、数パーセントの確率で、少しだけ大きい「ワシワシ」と呼んでいたクマゼミがたまに捕れると大成功で、仲間に自慢するタネになったほどである。

最近、「日本の広い範囲で、これら2種類のセミの勢力関係が逆転している」との新聞記事を読んだ記憶がある。即ち、アブラゼミが優勢であった地域で、クマゼミが優勢となっているというもの。更に、ウェブ上の情報では、大阪ではここ4,50年の間で両者の順位関係が完全に逆転したという。

同じくウェブの情報では、クマゼミ優勢地域は、北上を続けているが、現在の所、関東地区では、幾つかの例外地域はあるものの、未だアブラゼミが優勢であるという。

一説では、クマゼミは南方由来種であり、地球温暖化の影響のせいであるとするが、それだけでは説明つかない地域もある。

2014年8月9日土曜日

台風11号の先触れ、風強し

自宅を出るときから、風がうなっていた。市営・県営アパート地区に入っても、何時ものセミの声がしない。今まで気付かなかったが、風が強い時には、彼らは鳴かないのだ。

暑さを増幅させる効果のあるセミの鳴き声がしないのが先ず有難い。

コンクリート製のアパートの建物の中は、風が通らず、昼間の熱がこもっているので、建物外よりも、常に、数度、温度が高いのは間違いない。

それで、夏場は、階段の昇降を始めると汗が出るのが通常だが、今日は、建物外に出ると、強風が体温を冷やしてくれるので、汗をかくまでに至らず、本日は誠に快適であった。

2014年7月31日木曜日

心配していたヒマワリが なんとか 咲いた!

既投稿の如く、ヒマワリの葉をおおっていたダニを数パーセントの食用油とごく少量の石鹸水を混合した水を、噴霧器でスプレーして、辛うじてその大発生を食い止める事が出来た。

咲き始めのヒマワリの写真を載せる。

右の写真の葉っぱには、薄茶色のダニが群がっているのが認められる。

もう一回ぐらいは、もっと沢山のヒマワリが咲いているのをアップできるだろう。



2014年7月13日日曜日

7月13日(日)、今年初の赤とんぼを見る

自宅2階の窓より、国道から左後ろにあるセブンイレブンの店全景が見えるが、その屋根の上より高い所を飛んでいる数匹の赤とんぼを見かけた。

今年の初見である!

迂闊なことだが、今迄、赤とんぼが飛び始める時期について考えた事はなかった。ただ漠然と、秋になってからと考えていた。

梅雨明け宣言も出ていない7月中旬にもう飛んでいるとは、全く想像外である。

ここ数年に亘って、視力回復のトレーニングを続けており、その効果あって、去年6月の運転免許試験で、ギリギリで、メガネ着用が免除になった。

yassu69.blogspot.jp/2013/06/blog-post_18.html

それ以来、日常生活でも眼鏡を外しており、継続している眼筋トレのせいで、視力はさらに良化を続けていると感じている。

高い所を飛ぶ赤とんぼの姿を認められたのは、視力アップのお蔭であると考えている。

2014年6月18日水曜日

一昨日、昨日の、カエルの「雨乞い」が奏功して、今朝は朝から雨である。

普通、防御の固いことを、「水も漏らさぬ鉄壁の防御」等というが、雨の日の新聞配達は、それとは逆に、雨一滴も侵入させぬ完璧の備えが必要となる。

梅雨時の雨は、真夏の夕立とは違い、まだまだ冷たいので、衣服が濡れると急速に体温が奪われ、カラダの不具合を起こしやすい。

ハイテク素材を使った合羽を着て、カラダへの雨滴の侵入を防ぐ方法については、以前の投稿をご覧乞う。

http://yassu69.blogspot.jp/2014/03/blog-post_29.html

2014年6月17日火曜日

今朝も、カエルの「雨乞い」合唱!

昨日の配達、アパート団地内で、カエルの大合唱に出会う!団地内の排水溝に住みついて、気象庁の梅雨入り宣言後、2週間以上本格的梅雨にならぬので、業を煮やして連中が相談して、「雨乞い」を始めたと考えていた。

ところが、今朝は、昨日の印象と大分違う。即ち、団地に入って直ぐ合唱が始まったのでなく、4,5棟目で、初めてカエルが鳴いているのに気付いた。

従って、下水道でうたっているのでなく、道を隔てたアパートの東側の、田植えが終わった田圃で合唱している事に気付いた。

良く考えてみると、ここ2日間の合唱は、天(即ち雨の神様)に届けといわんばかりの迫力であり、とても、下水道での祈りという類のものではなかった。

2014年5月16日金曜日

満月をひと晩過ぎた月が、こうこうと夜道を照らす。

昨夜は雨で月は見えず、反対に、今日はまんまるの月が、暗い夜道と辺りを照らす。昨夜との対比が大きかったので、満月ではないかと思えたが、そうではなかった。

帰宅してウェブで確認したところ、昨日が満月で、今日は、いわゆる「十六夜の月」であるが、昨夜と逆転して、非常に明るいので、上のように感じられたもの。

その月を眺めていて、ブログのネタになりそうなことを思い付こうとしたが、出て来たのは、「月見れば千々にものこそ悲しけれ~」という季節外れの歌であった。

おかしなもので、ひとつのものが浮かび上がって来ると、それを押しのけて別のものを考えようとしても、私の場合、上手く行かないことが多い。

2014年5月14日水曜日

金木犀の香り

数日前から、新聞配達の途上、数か所で花の香りに気付いていたが、何の花かは特定できなかった。

今朝は、迷うことなく特定出来た。金木犀である。少なくとも、4,5か所でその香りを認めた。

辺りはまだ真っ暗であるので、その匂いがすると、佳人が光の届かぬところで佇んでいるかのようなときめきを感じることもある。

金木犀の香りに接すると、一瞬のうちに、数十年の時空を超えて、タイムトリップした。

当時は、勤務地は東京、40歳前後で、片頭痛の発作が一番激しい頃で、強いのが起きれば、数日床に就かねばならぬほどの痛み、嘔吐、脱力感に襲われた。

勿論、特効薬トリプタンは、まだ欧米においても登場していず、発作が起きれば筋弛緩薬としても使用されるエルゴタミン、その他を服用するしか対策がなかった。私はそれらに頼らず、ひたすら耐えるだけであった。

何処かで、或いは、誰かから、「カイロプラクティック」が有効と聞いて、ひとつの治療所へ通い始めた。

そこへの途中に、金木犀が街路樹として植えられており、その開花期の往きかえりに、その香りを嗅いでいたので、「金木犀」、「カイロプラクティック」、「片頭痛」という三題噺が出来たわけである。

2014年4月28日月曜日

今年も、大型連休で、有田陶器市の季節が巡ってきた。

ある年、ここへ行く嫁さんと義姉のドライバーを、モモを助手として務めたことがあった。

ふたつのグループ(茶碗を見る者 vs  見ない者)夫々、別行動となり、私はモモに引かれて、隣町の、創業数百年祭の波佐見陶器市を歩いていた。と、突然、尻尾を激しく振り、リードを強く引く、彼女の態度から、尋常ならぬ喜びが見て取れた。

すると、前方の、百人以上の人込みから嫁さん達が現れた。モモはその姿が見える数秒前から匂いを検知していたわけである。

前にも投稿したことがあったが、イヌは集団で行動する動物であるので、不慣れな土地に一緒に来たグループの半分のメンバー(嫁さんと義姉)が居なくなったので、茶碗を見ずに、必死に匂いを嗅いで探していたものと推測される。

モモ*にオオカミを祖先とするイヌの習性を見る(*3月に15歳で死んだ我が家のイヌ)