新聞配達人の時々日記  
   

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2014年9月19日金曜日

「タンチョ」、エサの摂取にアグレシブ!

我家到着丸2週間目で、トリートメント(養生)期間終了。0.5%の塩水から真水に戻す。

18日は、家に来てから3週間となる。

給餌の前には、出来るだけ名前を連呼し、ヒト影に反応して、向きを変えるのを確認して、どんぶりの前に座る。

爪でどんぶりの端を軽く叩き、食い気がある事を見てから、水面に指を少し触れてから、乾いたエサを指先にくっつける。

タンチョは、それら一連の動き、音に注意しており、指を水面に近付けると、口を上に上げながら、エサに向かって、1直線に泳いでくる。

小冊子「どんぶり金魚」の写真通りに、頭上の赤いこぶ(丹頂)と口を、水面から空中に出して、エサを口でつついてから、吸い込む。

その後の動作に2種類ある。

ひとつは、口中に吸い込んだ後、急反転して、どんぶりの底に落ち着き、咀嚼(そしゃく)を始める。

もうひとつは、口に含んで「カミカミ」しながら、バックギアに入れ、指又はこちらを見乍ら後ずさりをする。これをするときは、「お代り」を期待している時の様だ。

2014年9月17日水曜日

新聞投入時の集中

投入時、別の事を考えていると、表札、部屋番号プレート、ターゲットなどの特徴的な目印に注意が届かず、後で思い出しても投入の確信が持てぬことがある。

残り部数のチェックポイントで、部数に余分が生じた時には、何処で「飛ばし」をしたか、記憶を辿るが、その時投入時の記憶があいまいなところへ戻るのが常道である。

経験上からは、余りが確実な場合、投入記憶があいまいなターゲットに戻れば、大体、bingo ! となる。

ところが、投入時、別の事を考えて集中があいまいだと記憶に残らず、そんな所に戻っても、新聞は投函されていることになる。

2014年9月15日月曜日

生きものが部屋で待っているという感覚

去年3月に死んだモモ(アキタ犬雑種、メス)は、15年生きたが、晩年の1年は、動作が不自由になったので、屋内の元店舗スペースに収容していた。庭の小屋にいた時には、その存在を常時感じることはなかった。屋内に入れてからは、私が、部屋にいるときは勿論、配達、買い物などで、外出している時も、家に戻れば、モモが居るとの、意識が抜けなかった。

時には、死んだ後でも、気のせいで、硝子戸の向こうで動くものを感じたりもした。

1年半のブランクを経て、「どんぶり金魚」タンチョを、1階の事務所スペースで、飼うようになってから、同じ様な感覚が生じている。

体重からすると、数百倍の差があるが、その感覚は同じである。

2階に常駐する嫁さんについては、ついぞそのような意識を持ったことはないが、それは、100%こちらの庇護を必要とする生きものとの違いであろう。



2014年9月13日土曜日

立体視(3D画像)は、最早、片頭痛のトリガーとならず!

つい最近のこと、本棚の一番上にあった蔵書から、マジカル・アイ/マジック・アイというタイトルのムック2冊を取り出して、久しぶりに見てみた。

15年以上前、当時住んでいたサンパウロで、初めて挑戦し、数日掛かって立体画像が眼前に浮かび上がった時の興奮・達成感を思い出したが、今はさほど努力なしに立体画が出てくる。

逆に、妙に興味が湧いてきて、散歩の終点で、最新のムックを購入して帰って来た。

古いものは、夫々2001年と2002年発行で、新しいものは、2014年7月発行である。値段は、新しいものが、画像数も圧倒的に多いが、値段は半分以下である。

印刷も、新しいものがずっと綺麗で、何よりも、飛び出してくる画像が古いものよりはるかに鮮明である。

1時間以上楽しんでいて、はっと、「片頭痛の発作」を思い出した。この3D画像は、筋肉疲労、睡眠不足、「ストレスからの解放」等と並んで、昔から、私の片頭痛発作のトリガーの常連であったものである。それら以外、引き金となるものには、速読訓練、速聴(通常の3~4倍速)、ペーパーバック読書などがある。

立体視は、眼及び脳への負担が大きいのか、上記3冊のムックには、1日数分から5分までと注意書きがある。

発作を覚悟したが、結局次の日も起きず。調子に乗って、残りも見たが「発作前兆」は起きず。

最近は、筋トレをしても前兆は起きるが、頭痛までには至らないケースが大部分である。立体視については、前兆も起きないようだ。

視力維持・アップの為、現在も毎日「遠近トレーニング」を続けている事も関係しているかも知れない。

ググって見て、ウェブ上でも立体視ができることを確認したので、マイブログで出来るかに挑戦することにする。

読者の中の有志(勇士)の方は、どうぞ挑戦してください!

    < 問題:窓から顔を突き出していないのは A~E どの犬? >





2014年9月11日木曜日

瞬間性思考・記憶不全症候群

久し振りのマイ造語である。意味は、簡単に想像頂ける通りである。
「ブラックアウト」とも言われ、思考が働かず、同時に、その辺りの記憶も消滅するという症候である。

実際に、これが起きた状況:

起きたのは、玄関の前に車庫があり、郵便箱は壁と車の隙間を通り抜けた先にあるという構造のターゲットの前である。

車の奥にある郵便箱に1部投入した後、スクータに戻り、後ろカゴから16区用の残りの新聞(通常は10部)を前カゴに移してから、先へ進むという段取りになっている。

ある朝、10部であるべきが、11部あった。すわ、「飛ばし」かと、必死で記憶を辿るが、思い当るところなし。1部余りは、事実としてあるので、実際に10軒以上をチェックする羽目になったが、全て「飛ばし」はなし!

他には出来ることがないので、配達を続けるため元の順路に戻った時、現場の車庫奥の郵便箱に投入の記憶がないのに気付いた。その郵便箱を探ると、カラ!

配達歴15年以上の、宅配店の店長も、投入せずに、カゴの移動に進む事は時たまあるとのこと。

2014年9月9日火曜日

今年の「中秋の名月」は 「満月」でない!

昨日の配達は、久し振りの晴天で、月はこうこうと輝いて見えた。帰宅してから、ブログを立ち上げて、「今日の月齢」から、次の日、即ち、今日が満月であるのを確認していた。

その日のブランチ時、嫁さんが、テレビかラジオで「中秋の名月」云々と始めたので、それは「明日」だと一蹴していた。2階に掛かっているカレンダーにも、9日に「満月」とのみの記載があった。

今朝の配達時、「満月」をケイタイで撮ったが、何時もの様に不満足な出来であった。朝シャンの為、2階に上がると、又も嫁さんが、「昨日の中秋の名月」の受け売りを始めた。

流石に、これはどうもおかしいと思い始め、嫁さんには言葉を濁して、一階に降り、ググった。何と、昨日が「中秋の名月」で、今日が「満月」であるという!

検索の前まで、「中秋の名月」は、満月であると思い込んでいた。

月をじっくりと見上げることは新聞配達を始めてからで、それまでは全くなかった。ウェブ情報によると、配達を始めた2011年から2013年までの3年は、両者の日付が一致していたが、過去も将来も、一致する事の方が少ないとのこと。

補足情報として、2014年から始まる7年は、2020年まで、「中秋の名月」と 「満月」の日付はすべて別であるとのこと。

204年9月満月




2014年9月7日日曜日

「つこつこ」という言葉が突然、意識の中に浮かび上がって来た

これは、学校に上がる前、耳からでのみ聞いた言葉である。当時、自分で正月用の餅を搗かない家では、餅屋に頼むのが普通であったろう。

一方、「つこつこ」は、年の暮れに、餅が欲しい家を訪問し注文を受けて、その家で餅を搗いて納品する職業であろう。臼、杵は勿論、もち米を蒸す道具一切も持ち込んでの、注文主宅での請負仕事と思われる。その実物を見た記憶はない。

漢字で書けば、「搗こ搗こ」が正しいだろうと推測されるのみである。両親が、年の暮れに、餅屋に頼むか、「つこつこさん」に頼むかを、相談していたのを漏れ聞いたものである。

何故この言葉が突然意識に上って来たのかは、全くわからない。

当然の事、ググって見たが、ヒット皆無!既に死語となっているのか?
それとも、もともと方言であるので、ネットでは現れないのか。

上に述べた事は、記憶と想像を組み合わせているが、退院して自宅療養中の、3歳上の姉に聞いて、私の想像間違いが訂正され、更に補足情報が得られた。

「つこつこさん」には我が家も頼んでいたが、搗く場所は、離れて居たので私は見たことが無かった訳である。どうも移動しての餅つきでなく、場所は決まっていたが、1年に年末だけ、受けた注文の餅つきを行い、他の月は別の仕事をしていたものだろう。

1年中、「餅は餅屋である」が、年末だけ「つこつこさん」に正月用の餅を頼むところがあったのだろう。

機械の方が、人力よりも高かった時代の季節的職業であり、家庭に餅つき機を備えている所がある現在とは今昔の感がする。

2014年9月5日金曜日

納豆+ライ麦パンで、大腸内環境 1部復調か!

7月半ばの内視鏡検査の前準備失敗で、下剤の大量摂取を引き起こし、大腸内壁組織が大きなダメージを受け、腸内細菌叢は一掃されていたと考える。

yassu69.blogspot.jp/2014/07/blog-post_19.html

内視鏡検査中止後、毎日納豆を摂食していたにも関わらず、腹が張った感じが1カ月以上続き、便の腐敗臭が止まらず。

矢上裕先生の「自力整体の実際」の中に、<玄米やライ麦パンと合わせて納豆を食べるのが、納豆菌を定着させる秘訣になる。>とあったのでこれを実行した。

4日目に、早朝に便意を感じ、次の朝も同様。腸の膨満感は解消したが、悪臭は変わり無し。気長に続けなければ、善玉菌の定着とはならないのだろう。

2014年9月3日水曜日

気象庁の天気予報の中の定番表現「不安定な状態」

何時からか、この「不安定な状態」という表現に対し、つのってくる違和感を覚えて、ずっと注意していた。

その結果、雨が連続して降る状況でも、「不安定な状態」と解説していることに気付いた。専門家ではないが、日本語としては、明らかに間違った用法であるように思えていた。

「晴天」イコール「安定」という、気象庁内独特の公式から、
「雨」イコール「不安定な状態」が導き出されたのではないかと、個人的には思っていた。

念の為ググって見た。またも、Bingo! 直ぐ上の私の解釈は間違い!

本来、大気が不安定な状態から雨となるのだが、その大気という言葉を省略して解説するので、恰も雨が不安定であるとの印象を与える事になっている。

<一般向けの天気予報などではより分かりやすい「不安定な天気」または、単に「不安定」と言い換えることが多い。> (ウィキペディア)

皆様のお考えはどうでしょうか?

2014年9月1日月曜日

8月30日、「どんぶり金魚」の主役「丹頂」我家に到着

付けた名前は、「タンチョ」。雌雄不明である。

事務所スペースの西側にある、元店舗のタイル張りスペースに、ダンボ-ルを敷き、毛布を置いてベッドにし、老衰末期のモモを寝かせていた。

同じスペースに置いた事務机の上に、5リットルのトリートメント水(0.5%食塩水)入りのプラ容器を置き、タンチョを入れた。今日は3日目で、すこぶる元気である。

小冊子「どんぶり金魚」によれば、店から持ち帰った金魚は環境の変化にショックを受けているので、3日間は絶食とあったが、タンチョは近所の金魚屋からであるので、ストレスは少ないと考え、2日目から数個ずつのエサを与え始めた。

初めの頃は、容器の底にとどまりあまり動かず。浮上タイプのエサを水面に落としても、ヒトと反対側の底にじっとしていたが、一寸眼を離すと、直ぐ浮かび上がって来て、パクパク呑み込んでいる。

3日目昼過ぎとなると、すっかり環境に慣れ、東側の事務所の中のヒトの動きを、最短距離である容器のカドに陣取って、監視している。硝子戸をあけ下に降りて、容器に近付くと、反対側の水底に沈む。エサを水面に落とすと、直ぐ浮かび上がって来て、指が水面近くにあっても構わず、パクパク呑み込む。

古巣の金魚店でも、ヒトからエサを貰っていた訳だから、あたらしい経験ではない筈だ。

ただ、新飼い主の人体を見定めていたのだろう。