新聞配達人の時々日記  
   

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2013年9月30日月曜日

配達出発前の、区域毎の部数分けの正確さが最重要!

出発時の部数分けが正確であれば、途中で数の過不足が判明した時点で、「飛ばし」か「誤入」か、原因を推定でき、それが出来れば、間違い個所の特定が容易になる。

但し、担当地区全部が終わってから、過不足を確認するのは遅すぎる。所要時間は2時間なので、極端に言えば、2時間前の投入時の記憶を呼び出すのは至難の業である。

現在の配達地域の総部数は、100部前後なので、キリの良い所で、3つに分けておく。夫々の区域が終わった時点で結果を確認すれば、記憶はまだ鮮明なので、エラーの時は、間違い個所を発見する事が容易である。

部数が余るのが大部分のケースで、足りなくなる事は滅多にない。契約切れの所に、入れてしまう事は偶にあるが……。

2013年9月29日日曜日

配達中考えた事は、家の敷居を跨いだ途端、雲散霧消 !

ブログのネタ探しを常に意識している訳ではないが、日によっては、配達中、色んなテーマが湧き出して来る事がある。

配達中は、1つのテーマを掘り下げて考えたり、色んな角度、視点から考察するのに適した時間であるが、時には、上に述べた通り、複数のネタが次から次へと、飛び出してくる。

3,4件ぐらいまでなら、何とか途中で反芻する事により、自宅のホワイトボードまで持たせる事が出来るが、それ以上は、途中でメモでもして置かねば、無理である。

配達途上、復唱していないでいて、今日は豊作であると勇躍帰り着くと、その痕跡も残っていないことがある。

2013年9月28日土曜日

視野に入れる VS  照準を合わせる

近頃、ニュースなどで、見聞きして、気になって仕方がない表現のひとつに、タイトルの前半部分、「視野に入れる」がある。

この表現を使う人は、殆ど例外なしに、「--に照準を合わせる」と言う意味で使っている。

私の考えでは、視野と言うのは、「見える範囲、視力の及ぶ範囲」であるので、眼前に広がる広い範囲を指す言葉と思われる。

従って、「視野に入れる。」と言うのは、決して、入れた事物を、目的、標的とする事ではない。視野の中には、既に、沢山の事物がある。

より狭い範囲の「目的物・目的概念」として、使うべき表現は、上に述べた、「照準を合わせる」とか、ターゲットにするとかと言う表現が正しいと思われる。

既に何度か、この日記の中で述べたように、日本語は、他のものと同じ様に、確実に日々変化しつつあるのは、現実である。


「視野に入れる。」以外にも、何度見聞きしても、違和感を感じざるを得ない言葉、表現が、あり、その数は益々増えているのは当然か……。

2013年9月27日金曜日

バイクの押し掛け、40年以上前のテクニックが奏功 !

気温との関係があるかは分からないが、朝方、少し寒さを感じる様になった近頃、バイクの起動が上手く行かない時がままある。

何時もは掛かるまでキックするのだが、今朝は、40年以上前、マニュアル車のバッテリーが上がった時やって居た事を、バイクでトライして見ようと言うアイデアが閃いた。

ここで押し掛けについて、少し説明して置こう。このやり方はマニュアル車だけしか適用されない。

下りの坂道で、先ずキーを回してオンにして置き、ギアをセカンドに入れ、クラッチを踏んだ状態で、ブレーキを放す。車は動き始めるので、1,2秒後、クラッチをつなぐと、エンジンが掛かる。当然、前方の安全は確認しておく事。

勿論、坂道でエンジンが掛からなくなる確率は、非常に少ないが、宅配店の裏は、下り坂になっているので、このアイデアが浮かんだ訳である。

バイクの駐車場は、店のレベルより低いので、バイクをそのレベルまで押し上げる。ギアをニュートラルにし、キーを回してオンにして置く。スタンドを上げ、ブレーキを緩めると、バイクは下り始めるので、1,2秒後、ギアをトップへ入れると、Bingo ! エンジンが掛かった。

繰り返しになるが、近くに坂があるので考え付いたことで、無ければ起動するまで、キックを続けただろうし、それでも起きなければ、スペアのバイクを使っただろう。

2013年9月26日木曜日

今朝の夢見、良し!

前にも述べた事があるが、今迄の夢は、現実の生活ではトラブルが無く、順調であっても、夢の中では、苦しい、汚い、暗い、古いと、ネガティブな場面が多かった。

残りはニュートラルなもので、順風満帆と言った状況のものは、稀であった。

今朝の夢は、がらりと様相が変わり、現在の絶好調と同じく、全てが上手く行っていた漠然とした記憶が残っている。

私の嫌いな環境である、何かの研修会らしい場面も出て来たが、そこでも、全てが上手く行っていた記憶が残っている。

2013年9月25日水曜日

本屋に於いて古事記のブーム

前からあったのかも知れぬが、近頃、本屋で「古事記」に関する出版物(雑誌、書籍、文庫本)をいくつか目にするようになった。

例の如くスタートは、立ち読みからで、昨2012年は、「古事記」誕生から1,300年目の年であったという。そうすると、タイトルの現象は、去年から始まっていたのかもしれぬが、今迄、気付かなかったものと見える。

若い頃から、宗教、先の戦争、皇室、などの分野の本には全く関心が無かった。史実に基づく事の少ない日本開闢時の物語もそれらに準ずるものとして、忌避してきた。

この度、月刊誌「NHK100分de名著 9月 古事記」を手に取ったのは、気持ちに余裕があったからか、ブログのテーマ探しの緊急指令が奏功したのか?

2013年9月24日火曜日

配達地区の特徴による段階的分類

第一は、住宅地で、ターゲット間の距離が短く、戸数は50軒前後で多いが、「誤入れ」は有り得ず、「飛ばし」に気を付けるだけの地区で、「準備運動」地区と名付ける。

第二は、アパート地区(30軒程度)で、注意を途切らさぬ様にして置かねば、「誤入れ」「飛ばし」が頻発する所である。又、階段の上り下りで、運動量が多く、将に 「本番」地区である。

第三は、丘陵にある住宅地(20軒程度)で、走行距離は長いが、「誤入れ」「飛ばし」は起き難く、
快適なバイク走行が楽しめる所で、「整理運動」地区と呼ぶ。

2013年9月23日月曜日

筋・腱・骨 疲労(マイ 造語)が起きている?

近頃、タイトルにある私の造語を本気で考えざるを得なくなった様だ。

局部的には、膝、腰、そして現在問題の、右手の中指である。

金属に、金属疲労がある様に、生体細胞にもこれが起きるのではないか?
種を明かせば、これは、通常、「老化」と呼ばれているものである。

骨も含めて、全ての生体の細胞は、夫々のペースを守って、再生をしているのだが、その再生では、カバーできないファクターがある。(名前があるのだが、現在思い出せない。)個々の細胞組織が完全再生するならば、生物は200年、300年も生きる事が出来る事になる。

持って回ったスタートとなったが、本日のテーマは、「老化」である。

その進行度には、大きな個体差があり、素人考えで、私は、20年以上の違いがあると思っている。

半世紀以上生きて来た事の結果が現在の状態であり、遺伝要素もあり、今更ジタバタしても、詮無い事である。

がたが来た所は、じっくり分析し、夫々に、対症療法的に対応して行かねばならないと覚悟している。

2013年9月22日日曜日

右手中指 腱鞘炎 その後

2か月半前、古傷の腱鞘炎が再発したが、バイクのグリップの握り方を変える事により、大分楽になっていた。 この件はその時、投稿済みである。

然し乍ら、利き腕の中指は、一番力がかかる所であり、一寸した大工仕事でも、すぐその影響を受け、痛みが強くなる。最近も、その痛みが強くなっていた。

話は変わるが、「自力整体法」と言う整体治療法があり、6,7年前からその理論の一部を実行している。朝食を摂らぬようになったのも、その理論の一部に賛同したからであり、私には合った摂食法であると思っている。

話を戻して、今回の腱鞘炎の完治を期して、上記「自力整体法」の中の図解に従って、自力整体を実施する事にした。

具体的には、手の甲を床にあて、1-2分間体重を掛ける。左右の甲を交互に行う。

その次は、逆手を床に置き、もう一方の手で、指の付け根まで、床に付け、手の平を浮かせ、体重を掛ける。30秒-1分。同じく、左右を交互に行う。

これを朝晩一回ずつ行うことにする。

その結果は、然るべき時に、報告する。

2013年9月21日土曜日

右脳タイプ VS  左脳タイプ

アパートでの配達の途中、ふと、2年半前、配達地区を引継ぐ時、先輩のバイクの後を自転車で追い掛け、ルート及びターゲットをメモし、必死で記憶していた時の事を思い出した。

アパートの階段の途中で、彼は、ターゲットを教えるのに、この階は、左、次の階は右、と言う風に、その階で、どちらかを教えようとした。

私はとてもそんなやり方では覚えられぬし、メモも出来ぬので、棟数-部屋番号をメモしていった。

そして、彼の事を、数字で記憶せず、位置で覚えるとは、大変な右脳人間だなと感嘆した覚えがある。

今考えると、彼は別にすべて位置で記憶していたのでなく、数字で位置を記憶しており、この階は、ターゲットは左、次の階は右と、私に説明して居ただけかも知れない。

今となっては、確かめる術はないし、その必要もない。

例の如く、右脳、左脳タイプで検索すると、私が思っていたように、前者は芸術家タイプ、直感型タイプで、後者は論理型タイプなどと言う、従来の分類が多くあった。

逆に、それらの分類は、血液型分類同様、根拠が無いと断ずる意見も多くある。

其の時の検索結果の中に、ひとつのテストがあった。跳躍し、回転する人形のイメージがあり、その回転が時計回りか、逆かを答えるものである。

私は瞬時に時計回りと判断し、その判定は右脳タイプだったが、私は自分の事を左脳タイプと長らく思って来た。

因みに、このテストを提示していたブログの作者は、タイプ分けに根拠が無いというスタンスであった。