新聞配達人の時々日記  
   

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2014年8月8日金曜日

昨日の配達は最速で終了!

ここ数日は天気が非常に不安定(これは気象予報士の決まりコトバを借用したもの!)であり、ビニール包装をせずに出て、途中で慌てて立ち戻った事もあった。昨日はとても降りそうな空模様でなかったが、用心のためビニ包装をして出かけた。

包装をすると、出発は3時10分過ぎになるのだが、昨日は意識して、動きに無駄がないようにしたので、3時の出発となった。

更に、路面は乾いていたのでスリップの恐れなく、快調に走れた。

最後の配達を終えてみると、4時37分で、今迄の最速レコードである! しかも、包装までやった上である。

意識して、手際よくやる様にすれば、最短時間が達成できるわけだ。

「段取り」というキーワードで本ブログを検索すると、下に現れた2件がヒットした。

yassu69.blogspot.jp/2014/01/blog-post_18.html

yassu69.blogspot.jp/2013/09/blog-post_5533.html


2014年8月6日水曜日

外置きペット第2号のノビー

最初の配達区で、ターゲットがある2階への階段を上り始めると、スクータの音を聞いて目覚めていたネコは、踊り場に着いた私の真ん前で、四肢を伸ばし、背中を丸めて、
  ダイナミックなノビーを始めた。

これで、このネコは、私に対して一片の警戒心も持たぬ事を、表明した。ネコでも、イヌでも、用心せねばならぬアイテの前で、ストレッチは絶対しないからである。

案の定、持ち合わせていたイリコ入りの袋を見せると、そばに寄って来て、背中からしっぽへのナデナデに対し、背中を丸める定番のしぐさで答えた。勿論、その後で、複数のイリコをゲットした。



2014年8月4日月曜日

ブログネタ探し、今朝は、誠に好調!

つい一昨日、思索の不作を嘆いたばかりだが、本日はうって変って絶好調となった。

カラダの調子、特に腸の調子が良いのが、その原因であるようだ。5月末の大腸炎に始まり、大腸内視鏡検査のための事前準備での手違いから、延々、2か月間大腸の状態が本調子でなかった。

今朝は、下腹、所謂、丹田に力を入れることが出来るのが気力充実の源であるように感じる。

その勢いを駆って、本日の分を含めて2投稿のテーマを案出した。

その投稿が夕方近くになったのは、10ヶ月広告を置いていて、成果の全く上がらなかったAdSense の右のサイドバーのものを削除し、株式会社ビジョンの「海外WiFiレンタル」のバナーを置くのを優先したからである。

今後も、a8.net の中のプログラムで、厳選したものを順次アップして行く積りである。

2014年8月2日土曜日

本ブログのネタ探しに苦労するこの頃である

新聞配達は、思索の道であると、勝手にうそぶいていた時期もあったが、最近は誠に不調、不作である。

配達途中だけでなく、覚めている間は、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、テーマ探しをする様に、常に、己に言い聞かせているが、なかなかうまく行かず。

デスクトップに置いているネタリストフォルダの中身は、少しずつ増えて、現在1ダースを超えている。好調な時は満杯のフルハウスであった時もあったが、現在、5つがカラであり、残りも、直ぐに投稿できる題材ではない。

そこで、通帳記帳にネタ探しを兼ねて、ふだん行きつけのTSUTAYA2店を外して、方角が逆の紀伊国屋書店を歩き回った。

分類や配置法が、慣れたTYUTAYAと大いに異なるのは、新鮮な驚きであった。

1週間に数回本屋を回る私であるが、本日は初めて見る本を見つけた。アフィリエイトについての解説本で、「1日に1ブログを作るのをルールとせよ。」とあったのには仰天した。

帰りに、自宅近くの店をのぞくと、その本が棚に一冊だけあった。紀伊国屋ではヨコ積み(単行本の表表紙を天に向け重ねて行く方法)であった。

2014年7月31日木曜日

心配していたヒマワリが なんとか 咲いた!

既投稿の如く、ヒマワリの葉をおおっていたダニを数パーセントの食用油とごく少量の石鹸水を混合した水を、噴霧器でスプレーして、辛うじてその大発生を食い止める事が出来た。

咲き始めのヒマワリの写真を載せる。

右の写真の葉っぱには、薄茶色のダニが群がっているのが認められる。

もう一回ぐらいは、もっと沢山のヒマワリが咲いているのをアップできるだろう。



2014年7月29日火曜日

LynuxMint において、無線LAN接続がまことに不安定となった

DellのパソコンOptiplexのUSBポートのひとつが雷で不通となっているのが判明してから、リナックスの無線LAN接続は、約1か月有効であったが、23日、突然、不通となった。

無線LANルータ(親機)及び 無線LANアダプタのメーカーは、どちらも、アイ・オー・データ機器であるので、サポートに電話して解決策を尋ねた。

サポートはまず当方の環境を聴取し、Win7とiPadの無線LAN接続が有効であるなら、ルータは正常であるとの判定を下した。流石プロである!

当該ルータの対応OS外であるLynuxMintの無線LAN接続が、不通になったのは、メーカーの対応範囲外であるという。

即ち、いくら数日前まで接続が有効であったとしても、不通になった事態への対応はしかねるとのことであった。

LynuxMintに、無線LAN接続をトライしようと考えたのは、それが可能であるとの、ウェブでの複数情報によるものである。ルータのメーカからのサポートは期待出来ない状況であるのは、承知の上であるので、今回のメーカの対応にクレームできる状況にはない。

奇怪なことに、前述23日の不通の後、現在まで、3,4度、無線LAN接続のための暗号キー入力要請のダイアログが立ち上がり、入力すると無線接続が確立されるのが、不定期に起きるようになった。

無線LAN接続は中途で不通となることはないが、電源を落としたり、スリープに入ると、無線による接続は切られ、有線接続となる。

斯様な状況では、当初のプランの如く、2階に持って行き、嫁さん専用のSkype・メール機とすることは、出来ぬ。

平凡な案だが、このまましばらく様子を見る。

2014年7月27日日曜日

夏には古い記憶を、「懐かしさ」と共に思い出させる作用がある。

素人として入った建築・土木現場での厳しい体験も、歳月が過ぎると、「甘美」とまでは行かずとも、ある種の「懐かしさ」をもって思い出すことができる様になる事がある。特に、夏に於ける記憶についてそれが顕著である様に思える。

当たり前のことだが、1人前の扱いを受けなかったり、深夜手当・残業手当支払を無視されたり、知識・技能の足りぬ所を悪しざまに罵られたりは、しょっちゅうのことであった。型枠大工の○○組、下水工事の▽▽工業、地盤改良工事の□□土木などでの仕事においてである。

不思議なことだが、夏以外の季節での思い出に関しては、上に述べたような作用、即ち、厳しい記憶を「懐かしさ」に変える働きが、あまり働かないように思えることである。

これは、「夏」という季節の特質なのだろうか?

2014年7月25日金曜日

緊急出動でないパトカーの赤色灯点滅しての走行

先ほど、国道を緊急出動でないパトカーが、赤色灯を点滅させながら走っているのを見かけた。この様に、緊急出動でないパトカーの赤色灯点滅しての走行は、他の県ではあまり見かけない事で、本県警本部長の裁量で決められているようである。

正確ではないが、10年ほど前、この赤色灯点滅走行が行われなくなり、県警本部長の交代があったのかなと考えていた所、ここ数年、この慣行がまた復活したので、又 交代があったのかなと考えている。

個人的意見としては、パトカーの赤色灯点滅を見て、犯罪乃至は交通違反を思いとどまる者はいないと考える。

市役所の公用車への、「防犯警戒中」ステッカーや、新聞配達バイクへの同様のステッカーにも、犯罪防止効果があるとは思えないが、ここで住む様になってから、16年目に入ったが、これらのステッカーが撤去されたのは見たことがない。

2014年7月23日水曜日

久し振りに、ブラジル人とスカイプでテレビ電話を楽しむ。

今月7月初め、スカイプの連絡先リストを何気なく眺めていたら、サンパウロで広告会社の社長をしている友達のステータスが「オンライン」であることに気付いた。

配達から帰ったばかりなので、午前6時、現地時間は前日18時、仕事は少々ダレて来た頃だろう。

緑色の本体に白のチェックマークが入った電話機が、
「オイデ!、オイデ!」と呼んでいるように見えたので、ついクリックした。ビンゴ! すぐ彼の懐かしい声と同時に映像がモニタに現れた。

4,5年ぶりのポルトガル語だが、先方の素早い、カンの良さのお蔭で、会話はスムーズに推移する。

マイブログにはまだ翻訳ガジェットを搭載していなかったが、話の成り行き上、このブログのURLを先方に口頭で伝え、広告会社のモニターに「新聞配達人の時々日記」が現れた模様。更に、先方のマシンには、翻訳機能が搭載されているので、その場で現地語への翻訳がされた。

偶然だが、その日の数日前、6月29日付で、ザックジャパンのW杯での敗退の投稿を出していて、その翻訳を読んだブラジル人から、口々に日本人の代表として、慰めの言葉を貰ったものだ。

彼らは、未だ準決勝の前だから、その鼻息は当たるべからざるものであった。

まことに楽しい40分間であった!

yassu69.blogspot.jp/2014_06_01_archive.html 

ひと昔以上前の写真が出て来たので、添付する。





2014年7月21日月曜日

「Se Deus quiser.」

今回は、新聞配達中でなく、自宅で夕食中にこの言葉が脳裏に浮かんだ。例によって、前置きはなく、突然にである。

直訳すると、ポルトガル語で、「もし神様が望むなら。」という意味であるが、誰もそんなつもりで話していず、「もしできたら~」とか 「多分~」といった積りで言っているはずである。

4半世紀以上前、サンパウロに、赴任して活動を開始した時、最初に戸惑ったのがこの言葉に対してである。

人にものを頼んだりした時、その返事として、よく聞いたものであるが、当然ながら、「神様は関係なく、オマエがやれば良いだけだろう。」と考えていた。

滞在日数が長くなるにつれ、決して無責任で言っている訳でないと分かって来て、この表現をそのまま受け入れる様になっていった。
たった一人で、全ブラジル人を相手に、議論しても無意味である。

別の時、「明日旅行に出かけるんだって?」と、相手に確認した時、「うん、明日マナオスへ行くことになった。Se Deus quiser.」と返事が返って来る事がある。

チケットも買っていて、行くことはは間違いないのだが、「Se Deus quiser.」を付け加えるのは、これから起きることについての、絶対確実性がないということを、言外に述べているものと、私は解釈していた。

考え様によっては、非常に哲学的考え方であると思った時もある。